「練習では届かなかった場所へ」第3話「学ぶ身体、変わる意識」vol.702


第3話「学ぶ身体、変わる意識」

自分の体に無関心な人は、
今どのような状態なのかをまず知り、
自分で自分の体の情報を得ることを学ばないといけない。

2回目のセッションの冒頭、
平野は、そう言って静かに話を始めた。

「誠さん、今日は“ご自身の身体の情報”を少しずつ感じてみましょうか。
 今の状態がどうなっているのか、まずはそれを知るところからです」

柔らかい声に導かれ、誠は施術ベッドの横に立ち、軽い片脚立ちのテストを行った。
ぐらりと揺れる。足元が落ち着かない。

「揺れますね。でも、これは体幹が弱いというより、
 “どこをどう使って立っているか”を、意識していないだけかもしれません」

「……なるほど」

誠は、思わず納得していた。
確かに、練習でも日常でも、“自分の身体がどう動いているか”を意識したことはなかった。
筋トレや練習メニューばかりを重ねてきて、その“土台”になる体の状態には、無頓着だったのかもしれない。


この日の平野は、あえてマッサージは行わず、軽い運動を中心に進めていった。

「背骨、特に胸椎を自分で動かしてみましょう。
 骨盤はなるべくそのままで、背中の真ん中を少しだけ左右に回す感じです」

言われるがまま動いてみるが、誠の身体はぎこちなく、動きが浅い。

「全然、動いてる感じがしないです」

「はい。それが“感じられない”ということなんですね。
 でも、そうやって“動かない”と気づけたのは、とても大事な第一歩です」


誠はその夜、いつものように練習場へ行こうとしたが、
ふと足が止まった。

「今日は…鏡の前で少しだけ身体を動かしてみようかな」

リビングの鏡の前で、胸椎を意識しながら左右に回す。
最初はただ違和感だけが残ったが、毎晩10分だけ続けてみた。

数日後、ラウンド中のある一打。
ドライバーを振り切った瞬間――ほんの一瞬だけ、「上半身が先に回った」感覚があった。

「ん? 今の、なんか違ったな」

当たりや飛距離ではなく、“感覚”にフォーカスが向いた瞬間だった。


週末のラウンド。
スコアは79。誠にとっては上出来だった。
ただ、それ以上に嬉しかったのは、ドライバーの安定感だった。

「今日はフェアウェイに3回連続で乗ったな…」

同行していた仲間が声をかけてきた。

「誠さん、なんか変わりました? フォーム、整ってきた感じします」

「うーん…ちょっと身体の使い方を見直してるだけなんだ」

誠はそう答えたが、心の中にはこれまでにない手応えがあった。

“やみくもに打つ”のではなく、“感じながら振る”こと。

それが、どれほど意味のあることか――
少しだけ、身体が教えてくれているようだった。


パター練習を終えたとき、誠はふとつぶやいた。

「なんか…今日は疲れてないな…」

身体が整ってくると、疲れにくくなる。
疲れにくくなると、感覚に集中できる。
感覚が研ぎ澄まされると、パフォーマンスも変わってくる。

「…こういうことだったのかもしれないな」

これまで“頑張っているつもり”だった自分に、そっと肩を叩くような感覚があった。


アカデミックポイント

  1. 身体の感覚(ボディ・アウェアネス)を高めることが、動作の質を育てる
     自分の身体が今どんな状態かに気づくこと。それがトレーニングや技術習得の第一歩となる。

  2. 胸椎の可動性は、ゴルフスイングの再現性と飛距離に大きく関与する
     胸椎が動かないと、肩や腰の負担が増え、フォームの安定を妨げる要因となる。

  3. 感覚の“ズレ”に気づくことが、進化のきっかけになる
     「わからない」から「もしかして…」に変わるとき、神経と動作のつながりが始まる。そこからパフォーマンスの土台が築かれていく。

あなた:
 
2025年8月
« 7月    
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31