
第3話「学ぶ身体、変わる意識」
自分の体に無関心な人は、
今どのような状態なのかをまず知り、
自分で自分の体の情報を得ることを学ばないといけない。
2回目のセッションの冒頭、
平野は、そう言って静かに話を始めた。
「誠さん、今日は“ご自身の身体の情報”を少しずつ感じてみましょうか。
今の状態がどうなっているのか、まずはそれを知るところからです」
柔らかい声に導かれ、誠は施術ベッドの横に立ち、軽い片脚立ちのテストを行った。
ぐらりと揺れる。足元が落ち着かない。
「揺れますね。でも、これは体幹が弱いというより、
“どこをどう使って立っているか”を、意識していないだけかもしれません」
「……なるほど」
誠は、思わず納得していた。
確かに、練習でも日常でも、“自分の身体がどう動いているか”を意識したことはなかった。
筋トレや練習メニューばかりを重ねてきて、その“土台”になる体の状態には、無頓着だったのかもしれない。
この日の平野は、あえてマッサージは行わず、軽い運動を中心に進めていった。
「背骨、特に胸椎を自分で動かしてみましょう。
骨盤はなるべくそのままで、背中の真ん中を少しだけ左右に回す感じです」
言われるがまま動いてみるが、誠の身体はぎこちなく、動きが浅い。
「全然、動いてる感じがしないです」
「はい。それが“感じられない”ということなんですね。
でも、そうやって“動かない”と気づけたのは、とても大事な第一歩です」
誠はその夜、いつものように練習場へ行こうとしたが、
ふと足が止まった。
「今日は…鏡の前で少しだけ身体を動かしてみようかな」
リビングの鏡の前で、胸椎を意識しながら左右に回す。
最初はただ違和感だけが残ったが、毎晩10分だけ続けてみた。
数日後、ラウンド中のある一打。
ドライバーを振り切った瞬間――ほんの一瞬だけ、「上半身が先に回った」感覚があった。
「ん? 今の、なんか違ったな」
当たりや飛距離ではなく、“感覚”にフォーカスが向いた瞬間だった。
週末のラウンド。
スコアは79。誠にとっては上出来だった。
ただ、それ以上に嬉しかったのは、ドライバーの安定感だった。
「今日はフェアウェイに3回連続で乗ったな…」
同行していた仲間が声をかけてきた。
「誠さん、なんか変わりました? フォーム、整ってきた感じします」
「うーん…ちょっと身体の使い方を見直してるだけなんだ」
誠はそう答えたが、心の中にはこれまでにない手応えがあった。
“やみくもに打つ”のではなく、“感じながら振る”こと。
それが、どれほど意味のあることか――
少しだけ、身体が教えてくれているようだった。
パター練習を終えたとき、誠はふとつぶやいた。
「なんか…今日は疲れてないな…」
身体が整ってくると、疲れにくくなる。
疲れにくくなると、感覚に集中できる。
感覚が研ぎ澄まされると、パフォーマンスも変わってくる。
「…こういうことだったのかもしれないな」
これまで“頑張っているつもり”だった自分に、そっと肩を叩くような感覚があった。
アカデミックポイント
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身体の感覚(ボディ・アウェアネス)を高めることが、動作の質を育てる
自分の身体が今どんな状態かに気づくこと。それがトレーニングや技術習得の第一歩となる。 -
胸椎の可動性は、ゴルフスイングの再現性と飛距離に大きく関与する
胸椎が動かないと、肩や腰の負担が増え、フォームの安定を妨げる要因となる。 -
感覚の“ズレ”に気づくことが、進化のきっかけになる
「わからない」から「もしかして…」に変わるとき、神経と動作のつながりが始まる。そこからパフォーマンスの土台が築かれていく。