第4話「ゴルフの中に、人生を見つけた」
「誠さん、ラウンドの前って、どんなふうに過ごしてるんですか?」
ある日、治療の合間に平野がふと尋ねた。
誠は、ちょっと考えてから答えた。
「僕、ラウンドの2時間前にはクラブハウスに着いてたいんです」
「2時間前。早いですね」
「なんとなくですけど、到着して、車の中でちょっと座ってて、ゆっくり着替えて。
パター打って、少し動いて。決まった流れがあるんですよ。これをやっとかないと、落ち着かないっていうか…」
「いつもの流れを守れると、調子もいいですか?」
「はい。逆に、遅れて着いた時とか、バタバタするとダメですね。
最初の3ホール、ボロボロで。ドライバーもふらつくし、パターも変な感じで…気づいたら5オーバーとか」
誠は苦笑いを浮かべた。
「そのあとのホールで取り返そうと思うんですけど、変な焦りも出て…ズルズルいく日が多いです」
平野は頷いた。
「決まった流れがある人ほど、それが崩れると影響を受けやすいです。
でも、誠さんみたいに『自分はこれをやると調子がいい』ってわかってるのは、強みですよ」
「ただ、どうしても間に合わない日って、ありますよね?」
「あります。事故渋滞とか、予想外の混み方とか」
「そういう時のために、“これだけはやる”っていう小さい準備だけでも、決めておくと安心です」
「たとえば?」
「たとえば、肩をまわすとか、素振りを数回するとか。それだけでも自分の中の切り替えになるんです。
“全部できなくても、これだけはやれた”っていうのが、気持ちに余裕をつくります」
「なるほど…今までは、全部できなかったら“もうダメだ”って思ってましたね。
そういうの、一つ決めとくのもアリですね」
数週間後のラウンド当日。
誠は、まさにその「間に合わない日」にぶつかった。
首都高で事故渋滞。
クラブハウス到着は、スタートの20分前。
「やっば…着替えだけで精一杯か」
準備の流れは全て崩れた。
それでも誠は、ティーグラウンドへ向かう途中に、立ち止まって素振りを2回した。
肩をまわして、グリップを確認する。
それだけのことだったが、「よし、まぁ行けるだろう」と、妙に気が楽だった。
そしてその日、スコアは76。
最初の3ホールを無難にまとめられたことが、何より嬉しかった。
「意外と…イケるもんだな」
帰り道、車の中で誠はつぶやいた。
“ちゃんと全部やらなくても、ちょっとでも自分の感覚を思い出せれば大丈夫なのかもしれない”
そう思えたのは、初めてだった。
ゴルフは、思い通りにいかないことばかりだ。
でも、その中で「自分なりの調整方法」をひとつでも持っていると、立て直すことができる。
誠はようやく、“努力”だけじゃない“やり方”を手にし始めていた。
そして今、彼にとってのゴルフは――
ただスコアを追うものではなく、自分を少しずつ知っていくための時間になっていた。
アカデミックポイント:
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試合やラウンド前の「決まった流れ」はパフォーマンス安定の支えになる
ルーティンを持つことで、気持ちの乱れを防ぎ、身体の動きを思い出しやすくなる。 -
「全部できなくても、これだけはやる」と決めておくことで、焦りを軽減できる
簡単な体操や動作確認でも、プレー前の“自分の感覚”を取り戻すきっかけになる。 -
“自分はこうなる傾向がある”と知っている選手は、立て直す力がある
技術の高低だけでなく、自己理解の深さが、ゴルフの安定性を左右する。
この物語は、実際に接骨院を訪れた40代アマチュアゴルファーの体験をもとに構成されています。
練習熱心でありながら結果に悩んでいた誠さんの変化は、多くのゴルファーにとってのヒントになるはずです。