山本由伸178cm 小さくても、マウンドは高くなる 身長を超えた「投手力」の真実 vol.700

山本由伸178cm──小さくても、マウンドは高くなる──身長を超えた「投手力」の真実

「プロで投手を目指すには、まず身長がなければ難しい」 そんな言葉を耳にしたことはないだろうか。 確かに、野球界では長年「高身長=投手向き」という考え方が根強く存在してきた。身長が高ければリリースポイントが高くなり、角度のあるボールを投げやすく、球速も出やすい。まさに”投げ下ろす”という理想形を描きやすい。

だが、それはあくまで”理想形のひとつ”にすぎない。 実際の投手成績と身長との関係には、思い込みを覆すデータがある。

2025年時点のプロ野球(NPB)選手の平均身長は180.8cm。メジャーリーグ(MLB)全体では187.8cmと、日米ともに選手全体の平均は180cmを超えている。 しかし、それは全ポジションを含んだ平均であり、特に投手に関してはもう少し高めの傾向にある。

例えば、2025年のロサンゼルス・ドジャースの投手陣。メジャーでも屈指の豪華な顔ぶれを揃えるこのチームの先発投手10人の平均身長は約189.3cmに達する。 驚くべきは、そのなかでも中心的な存在となっているのが、日本から海を渡った山本由伸選手であるということだ。

山本由伸。身長178cm。 決して高身長とは言えないその体格で、彼はメジャーのマウンドに立ち、エースの一角として数々の打者を封じ込めている。 NPBでは最優秀防御率、沢村賞、最多勝など数々のタイトルを獲得し、その圧倒的な完成度から”完成された投手”とまで評された。

それでも、MLBのチームが彼に対して投じた契約金は桁違いだった。 12年総額3億2500万ドル(約470億円)という、MLB史上最高額の投手契約。 これは、彼の実績と才能が身長を補って余りあるものであることを如実に物語っている。

では、実際にドジャースの投手陣で「身長と成績」はどう関係しているのだろうか。

2025年のドジャース先発10人のWAR(勝利貢献値)と身長を並べて比較してみたところ、統計的な相関係数はなんと−0.20。 つまり、身長が高いから成績が良いという関係はなく、むしろ「少し負の相関」があるという結果だった。

6フィート8インチ(約203cm)のタイラー・グラスノーよりも、5フィート10インチ(約178cm)の山本由伸の方が高いWARを記録している。 また、Shohei Ohtani(6フィート4インチ)やDustin May(6フィート6インチ)といった”見栄えする”体格の投手よりも、山本やTony Gonsolinの方が安定した成績を残しているというのも興味深い。

つまり、現代の野球においては「身長は武器のひとつ」でしかなく、「投手としての完成度・多様性・制球力・技術力」が何よりの決定要因なのだ。

このことは、過去の実績や野球理論を見ても裏付けられる。 リリースポイントの高さだけで角度のある球を投げる選手よりも、スナップの効いた球や回転軸の安定したボールを投げる選手の方が空振りを取りやすいケースも多くなってきている。 回転効率、リリースタイミング、リリース直前の球の見え方といった、目に見えない細部の技術こそが打者のタイミングを狂わせる。

山本はそのすべてを、身体全体を使って表現する術を知っている。 彼の球はキャッチャーミットに吸い込まれるように伸び、変化球はまるで消えるように沈む。 それは身長ではなく、鍛錬と積み上げられた技術が生んだ芸術である。

また、彼が優れているのは投球だけではない。 練習量、体調管理、試合中の冷静さ、ベンチでの所作。 どれもが「一流の投手とはどうあるべきか」を体現している。

そしてこの姿勢こそが、身長に頼らず投手としてのキャリアを築く人々の指標となるのだ。

身長に悩むすべての投手へ

「自分は背が低いから…」と嘆く必要はない。 確かに、身体的に得ることが難しい要素もある。リリースポイントの高さや角度は物理的な利点かもしれない。 しかし、それを補う技術や努力の積み重ねこそが、長く生き残れる投手を育てる。

野球は総合力のスポーツだ。 投球術、配球術、制球力、メンタル、戦略性、そして観察力。 すべてが揃って初めて、1球の価値が生まれる。

身長が高いことは“スタート地点のひとつ”であって、“ゴール”ではない。 山本由伸は、それを身をもって証明している。

ドジャースというメジャー最高峰の舞台で、178cmの投手が世界のトップを相手に真っ向勝負を繰り広げている。 この事実だけで、身長という呪縛にとらわれる必要がないことを教えてくれる。

あなたが目指すべきは「高い身長」ではなく、「高い完成度」なのだ。


アカデミックポイント

  1. プロ野球(NPB)平均身長:180.8cm、MLB平均:187.8cm
  2. ドジャース投手陣の平均身長:189.3cm
  3. 山本由伸は178cmながら、MLB史上最高の投手契約(12年3億2500万ドル)を勝ち取る
  4. ドジャース先発投手10名の身長とWARにおける相関係数:−0.20(負の相関)
  5. 投手成績に影響を与えるのは、技術・制球力・回転効率・メンタル・準備力など、身長以外の要素が大きい
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